デザイン思考の定義フェーズ:発見した課題を明確にする実践的フレームワーク
はじめに
デザイン思考は、ユーザー中心のアプローチを通じて革新的なアイデアを生み出し、複雑な問題を解決するための強力なフレームワークです。このプロセスは通常、共感、定義、着想、プロトタイプ、テストの5つのフェーズで構成されています。
これまでの共感フェーズでは、ユーザーの感情やニーズ、行動パターンを深く理解することに焦点を当てました。この共感フェーズで得られた膨大な情報から、ユーザーが本当に抱えている課題を明確にし、解決すべき問題の本質を見極めるのが、次に位置する「定義フェーズ」の役割です。
デザイン思考における定義フェーズとは
定義フェーズは、共感フェーズで収集した観察結果やインサイトを整理し、解決すべき「真の課題」を明確に言語化する段階です。単に表面的な問題を特定するのではなく、ユーザーの根底にあるニーズや動機、そしてその課題が引き起こす影響までを深く掘り下げて理解することを目指します。
このフェーズの目的は、チーム全員が共通の理解を持ち、具体的な問題解決へと向かうための明確な指針を設定することにあります。曖昧な課題設定は、的外れな解決策や無駄な労力につながるため、この定義フェーズでの精度がその後のプロセス全体の成否を左右すると言っても過言ではありません。
定義フェーズが課題解決に不可欠な理由
定義フェーズがなぜ重要であるか、その理由はいくつか挙げられます。
- 的確な問題解決への方向付け: 表面的な課題に惑わされず、ユーザーの「真のニーズ」に基づいた解決策を導き出すための基盤を構築します。これにより、効果的でユーザーに価値を提供するアイデアが生まれやすくなります。
- チームの共通認識の醸成: 定義された課題は、チームメンバー全員が共有すべき目標となります。これにより、各メンバーが独立して作業を進める中でも、一貫した方向性を持って取り組むことが可能になります。
- アイデア発想の焦点を絞る: 漠然とした状態では、アイデア発想も拡散しがちです。明確に定義された課題は、次の着想フェーズにおいて、より具体的で実現可能性の高いアイデアを生み出すための明確な制約と指針を提供します。
- 評価基準の確立: 定義フェーズで明確になった課題は、その後のプロトタイプやテストフェーズにおいて、提案された解決策がどれだけ課題を解決できているかを評価する際の基準となります。
定義フェーズの実践的フレームワークと手法
定義フェーズでは、共感フェーズで得た情報を具体的に整理し、課題を明確にするためのいくつかの実践的な手法が存在します。
1. ペルソナの深化
共感フェーズで収集したユーザーのデータをもとに、特定のユーザー像をより具体的に描写した「ペルソナ」を作成します。ペルソナは、単なる属性情報の羅列ではなく、その人物の目標、行動、感情、そして抱えている課題(ペインポイント)などを詳細に記述することで、チームメンバーが架空のユーザーに共感し、その視点から課題を捉える手助けとなります。
例えば、共感マップで得られた思考や感情、発言、行動を統合し、以下のような項目を具体的に記述します。
- 名前と年齢、職業などの基本情報
- 目標や欲求(Goals & Needs)
- 抱える課題や不満(Pain Points)
- 現在の行動パターン
- 使用しているツールやサービス
このペルソナは、後のNPOVステートメントやアイデア発想の際に、常にユーザーの視点に立ち戻るための強力なツールとなります。
2. NPOV(Needs-Based Point of View)ステートメントの作成
NPOVステートメントは、定義フェーズの核となるアウトプットの一つです。これは「ユーザー」「ニーズ」「インサイト(洞察)」の3つの要素を組み合わせて、解決すべき課題を簡潔かつ強力に表現する声明文です。
基本的な形式は以下の通りです。
[ユーザー]は、[ニーズ]を必要としている。なぜなら、[インサイト]だからである。
- [ユーザー]: ペルソナで描写した特定の人物、またはそのユーザーグループを指します。
- [ニーズ]: ユーザーが達成したい具体的な目標や解決したい問題です。これは解決策ではなく、ユーザーの根本的な欲求を表現します。
- [インサイト]: なぜそのニーズがあるのか、その背景にある深い洞察や、共感フェーズで発見した驚きや気づきを記述します。
例:
- 「若いビジネスパーソン(ユーザー)は、効率的にタスクを管理する方法(ニーズ)を必要としている。なぜなら、複数のプロジェクトが並行し、優先順位付けに苦労しているから(インサイト)である。」
- 「料理初心者(ユーザー)は、手間なく美味しい料理を作ること(ニーズ)を必要としている。なぜなら、料理の手順が複雑で失敗を恐れており、時間もあまりかけたくないから(インサイト)である。」
NPOVステートメントは、課題解決の方向性を明確にし、次の着想フェーズで多様なアイデアを生み出すための出発点となります。
3. 「なぜなぜ分析」による課題の深掘り
NPOVステートメントが作成できたら、その「ニーズ」や「インサイト」について、さらに「なぜ」を繰り返して深掘りする「なぜなぜ分析」を適用することも有効です。これにより、表面的な課題ではなく、その根底にある根本原因を特定することができます。
例えば、上記の「若いビジネスパーソンが効率的にタスクを管理する方法を必要としている」というNPOVに対して、以下のように問いかけを繰り返します。
- 「なぜ効率的にタスクを管理したいのか?」
- →「プロジェクトの遅延を防ぎたいから」
- 「なぜプロジェクトの遅延を防ぎたいのか?」
- →「上司やクライアントからの信頼を失いたくないから」
- 「なぜ信頼を失いたくないのか?」
- →「キャリアアップに影響すると感じるから」
このように問いを繰り返すことで、「キャリアアップへの不安」といった、より深いユーザーの動機や真の課題が見えてくることがあります。
実践のポイントと注意点
定義フェーズを効果的に進めるためには、いくつかのポイントがあります。
- 共感フェーズとの連携: 定義フェーズは共感フェーズで得られた情報に基づいて行われます。観察結果やインタビューデータが不足していると感じた場合は、再度共感フェーズに戻り、情報収集を行う柔軟性も重要です。
- チームでの共有と議論: 定義された課題は、チーム全体で共有し、活発な議論を通じて磨き上げることが重要です。異なる視点からの意見交換により、より多角的で深い洞察が得られます。
- 反復的な見直し: 最初から完璧なNPOVステートメントを作成しようとする必要はありません。アイデア出しやプロトタイピングの段階で新たな発見があった場合、定義フェーズに戻って課題を再定義することも、デザイン思考の反復的なプロセスでは一般的です。
- 具体的なアウトプットの重視: 抽象的な議論に終始せず、ペルソナやNPOVステートメントといった具体的なアウトプットを作成し、視覚的に共有することを心がけてください。
まとめ
デザイン思考における定義フェーズは、共感フェーズで得たユーザーへの深い理解を基に、解決すべき「真の課題」を明確にするための極めて重要な段階です。ペルソナの深化やNPOVステートメントの作成、そして「なぜなぜ分析」などの実践的な手法を用いることで、表面的な問題の解決に留まらず、ユーザーの根本的なニーズに応える革新的な解決策への道筋を描くことが可能になります。
このフェーズで明確に定義された課題は、その後の着想フェーズで豊かなアイデアを生み出し、ユーザーに真に価値ある体験を提供するための強固な土台となるでしょう。私たちは「デザイン思考と発想道場」で、このような実践的な学びを通じて、皆さんの発想力と問題解決能力の向上をサポートしてまいります。